Jumpei from東京

1995年、新宿リキッドルームに Juno Reactor を迎えて行われたパーティーEquinoxで、それまでの音楽観や人生観が完全にひっくり返り、トランスミュージックとパーティーカルチャー、そして「音楽と旅」というコンセプトにずっぱまる。
その後パーティーを追いかけていろんな国を駆けめぐり始めるのはもちろん、DJ TSUYOSHIや多くの仲間たちとの出会いから、マツリプロダクション、TOKIO DROMEなどのパーティーオーガナイズに関わる。その祭りが創り上げられていく際のパワーの高まりや爆発力に以来やられっぱなし。
以降、Sun Shine Shrine、WAKYO、WISDOMなどなど数多くのパーティーに関わりながら現在に至る。
1999年8月11日にはハンガリーのエクリプスパーティー「Solipse」で皆既日食を初体験。この日が自分の誕生日という偶然も重なり、その想像を超えた宇宙規模の現象に脳みそに何かがしっかりと刻み込まれる。
母なる太陽をピッタリと隠すお月様、天空に燦然と輝くダイヤモンドリング、それを見上げる僕たちを取り囲む昼とも夜とも違う世界、あまりのスケールのでかさとあまりにちっぽけな自分、でもいまこの時を生きているという事実 ——— そんな大いなる宇宙のなぞなぞに照らし出されて、以来2009年7月の日本での皆既日食に人生のフォーカスが絞られてしまったように思う。
それが決定づけられたのは、今度は2006年の誕生日。偶然この日を吐噶喇(トカラ)列島の悪石島で迎える。
ごつごつした岩だらけ坂だらけの絶海の孤島、そこに生きる100人足らずの人々、そして旧暦の盆に行われる「ボゼ祭り」——— 仮面神ボゼがマラ棒を持って女子供を追い回し、男衆は輪になってしっかと大地を踏みしめ夜半過ぎまで踊り続け、小さな公民館ではなぜか大カラオケパーティー、そして祭りも終わった後のひっそりゆったりとした島の日常 ———。トカラという存在が自分の中でぐんぐん大きくなっていく。
さらに、いろんな出会いと偶然が重なって、2008年5月、お隣の諏訪之瀬島にたどり着く。
活火山の噴火で一時期無人島になり、歴史がリセットされたこともある島。しかも約40年前にはヒッピーやビートニクスが移り住んでコミューンが形成され、やがて自然消滅し、そしていま皆既日食というストーリーに導かれて我々が強く惹かれている島。この島でこそ「太陽と月のまつり」が実現できるのではと、仲間たちとその動きを本格化させる。
ニッポンの大地で、忘れ去られていたトカラで、その中の諏訪之瀬島で、同じチューニングを持って世界中から集まる仲間たちと、そこで生活し続ける島の人々と、皆既日食の瞬間を一緒に迎えることができたら!
現在、そんな見果てぬ夢を追いかけて絶賛奮闘中。
おかげで貧乏暇無し。
でも仲間とトカラの魅力は日々増していくばかり。
いったいこれからどうなるのかにわくわくする40代。